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「今できることをやろう」マントル細胞リンパ腫と歩む

兵庫県在住のHNさん(53歳)は、2022年にマントル細胞リンパ腫と診断されました。股関節の腫れから始まり、1年以上の経過観察を経て治療を開始。抗がん剤治療、自家移植、分子標的薬による維持療法と続く過程では、隔離病室での閉塞感や強い副作用に苦しみながらも、家族や会社の支えを得て闘病を乗り越えました。現在も感染症への不安は抱えつつ、「今できることを今やる」と前向きに日常を大切にしています。病気が気づかせてくれた人とのつながりや生きる意味を語るHNさんの歩みは、同じ病と向き合う人への力強いメッセージとなっています。


診断に至るまでの経緯

聞き手
本日はお時間をいただきありがとうございます。まず、どのような経緯で病気がわかったのか教えていただけますか?
HNさん
2016年頃、マラソンを始めた際に右の股関節あたりがぷくっと腫れていることに気づきました。特に痛みもなかったので放置していたのですが、2022年の秋ごろに再び気になり始めました。知人から「粉瘤じゃないか」と聞き、軽い気持ちで受診したところ、大きな病院を紹介されました。MRIや生検の検査を経て、血液内科で「マントル細胞リンパ腫」と診断されたのが50歳の時でした。がん家系ではなかったので、最初は「何それ?」と強いショックを受けましたね。
聞き手
診断から治療開始まではすぐだったのでしょうか?
HNさん
いえ、すぐではありませんでした。血液検査を繰り返しながら1年間ほど経過を見て、PET-CTで胃の周囲に大きな影が確認された段階で治療開始となりました。診断から治療開始までは370日かかりました。その間は特に薬もなく、2か月に1回通院して血液検査を受ける程度でしたが、常に「次の検査でどうなるのか」という不安はありました。

治療と日常の変化

聞き手
治療はどのように進められたのでしょうか?
HNさん
2023年4月に抗がん剤での点滴治療を始め、その後、自家移植、分子標的薬の維持療法へと進みました。初期の抗がん剤では大きな副作用はなかったものの、自家移植前に投与したアルキル化剤は本当にきつかったです。高熱が続き、白血球がゼロになる時期もありました。震えが止まらず「このまま戻れないのでは」と不安に駆られた瞬間もありました。
聞き手
治療中で一番辛かったことは何ですか?
HNさん
隔離病室から出られなかったことですね。身体は元気なのに動けない、その閉塞感が一番辛かったです。髪が抜けたこともショックでしたが、今は生え揃い、以前より柔らかい髪になりました。「辛さのピークは3週間目」と感じましたが、それを越えると少し気持ちも落ち着きました。
聞き手
お仕事との両立は大変ではありませんでしたか?
HNさん
点滴は半日で済んだので、午前中は仕事をして午後から病院に行き、半休扱いにしていました。有休を上手に使いながら、月に2日休む程度で乗り切れました。最終的な入院時は会社から「一切仕事をするな」と配慮していただき、とても助かりました。上司や同僚も分担して仕事を回してくれたおかげで、安心して治療に専念できました。

病気とともに生きる

聞き手
治療を通じて、気持ちに変化はありましたか?
HNさん
「今できることをやろう」という気持ちが強くなりました。以前は仕事優先でしたが、今は息子とキャッチボールをしたり、ゴルフを教えたり、家族との時間を大切にしています。社会で働けること自体が、自分の存在意義につながっているとも感じます。もし働けなくなれば、社会から取り残される感覚があるのではないかと思います。
聞き手
ご家族のご様子はいかがでしたか?
HNさん
入院中は面会制限があり、直接会うことは難しかったのですが、家族は良い意味で割り切ってくれていました。妻や息子にとって心配はあったと思いますが、オンラインでやり取りできたのは救いでしたね。退院後は「ご飯食べられてる?」とよく気遣ってくれました。副作用で味覚障害や食欲不振もあったので、そうした日常的なサポートがありがたかったです。
聞き手
病気をきっかけに、人との関わりに変化はありましたか?
HNさん
はい。私は医療機器関係の仕事をしており、いろいろな病院を訪問する機会がありましたが、患者として病院に通うことで、これまで仕事の立場からは見えなかった「患者の気持ち」を実感しました。今では困っている人を見ると自然に手を差し伸べるようになりました。病気を経験したからこそ、人の優しさや助け合いが心に沁みるようになったと思います。

これからの歩み

聞き手
現在はどのような治療を続けておられますか?
HNさん
分子標的薬による維持療法中です。白血球の数値が低下しているので感染症への不安は常にあります。「次に未知のウイルスが来たらどうしよう」という恐怖は消えません。それでも、歩ける、働ける、趣味も楽しめる今の状態に感謝しています。不満はなく、むしろ前向きな気持ちです。
聞き手
これまでを振り返って、最も辛かった時期はいつでしょうか?
HNさん
やはり隔離病室に閉じ込められていた時です。自由に外に出られず、窓の外を見ながら「もう外には出られないのでは」と思ったこともあります。でも、制限が解けた瞬間、気持ちが一気に楽になりました。次に辛かったのは髪の毛が抜けた時、そして「もし治らなかったら」という不安に押しつぶされそうになった時です。
聞き手
最後に、同じ病気と向き合う方々へメッセージをお願いします。
HNさん
マントル細胞リンパ腫は珍しく情報も少ない病気ですが、信頼できる医療チームに任せることが大切だと思います。そして「今できることを今やる」こと。病気を経験したからこそ、人の優しさやつながりの大切さを実感しました。この経験が誰かの希望につながれば嬉しいです。僕も感染症への不安は抱えていますが、それでも「今日を大事にする」ことが、病気と共に生きる上での一番の力になると感じています。
BeOne

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