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答えがない病気だからこそ、自分で納得して選びたかった

毎年の健康診断で続いた蛋白尿をきっかけに、2022年に辺縁帯リンパ腫(MZL)と診断されたHさん。症状はほとんどなく、すぐに治療が必要な状態ではありませんでした。しかし、腎臓への影響や将来への不安から、自ら情報を集め、セカンドオピニオンも受けたうえでリツキシマブ治療を選択します。「情報が少ない病気」と向き合いながら、自分で納得できる選択を続けてきたHさんに、その歩みを伺いました。


腎臓の病気だと思っていたら、血液のがんでした

聞き手
最初に異変が見つかった経緯を教えて下さい。
Hさん
はい。毎年受けていた健診で、3年続けて蛋白尿が出ていたんです。でも腎機能には異常がなく、「不思議ですね」と言われるだけでした。
聞き手
その後、専門病院を受診されたのですか?
Hさん
2022年9月に腎臓内科を紹介されました。血液検査ではIgMがとても高く、腎生検を勧められました。ただ、入院も必要ですし、正直怖かったですね。
聞き手
その間に血液内科も受診されたのですか?
Hさん
はい。腎生検まで少し時間があったので、血液内科で骨髄穿刺を受けました。日帰りでしたが、とても痛かったのを覚えています。
聞き手
その検査で診断がついたのでしょうか?
Hさん
そうです。2022年12月に辺縁帯リンパ腫と診断されました。腎臓の病気だと思っていましたから、「血液のがんです」と言われた時は本当に意外でした。
聞き手
大きなショックはありませんでしたか?
Hさん
もちろん驚きました。でも先生から「進行はゆっくりで、今は治療しなくても大丈夫です」と説明を受けたので、不思議と落ち着いて受け止められました。「定期的に診察を受けながら経過をみましょう」「治療をしないまま一生を過ごす方もいます」という言葉が、とても印象に残っています。それなら、今できることはきちんと通院することだと思えました。「治療を急がなくてもいい。その言葉が安心につながりました」
聞き手
診断後は経過観察から始まったのですね。
Hさん
はい。PET-CTでもほかの臓器への広がりはなく、治療を始めるのは、腎臓の状態が悪くなった時や病気が進行した時でいいと言われました。
聞き手
セカンドオピニオンも受けられたんですか?
Hさん
友人から「別の先生の意見も聞いた方が安心できるよ」と勧められたんです。診断自体は同じでしたが、「リツキシマブを試してみてもいいかもしれません」というお話がありました。
聞き手
その時はすぐには決めなかったのですね。
Hさん
そうですね。抗体薬とはいえ治療ですから、「本当に今必要なのだろうか」と考えました。その頃は、自分でもかなり情報を探していました。YouTubeで血液内科の先生の講義を見たり、海外のリンパ腫患者さん向けサイトを読んだり、AIも使って調べたりしました。でも、辺縁帯リンパ腫は患者さんが少ないので、本当に情報が少ないんです。友人から紹介された英文論文には、私と似たような腎臓病変を伴う患者さんがリツキシマブで治療された症例が紹介されていました。その論文だけで決断したわけではありませんが、「試してみる価値はあるかもしれない」と思えたことは、大きな後押しになりました。最後は、セカンドオピニオンの先生、腎臓内科の先生、自分で集めた情報、その全部を合わせて考え、「これなら自分で納得して治療を受けられる」と思えたんです。

治療よりもつらかったのは、『答えがない』ことでした

聞き手
2023年の夏からリツキシマブによる治療が始まりました。治療はいかがでしたか?
Hさん
初回は入院で投与を受けましたが、副作用はほとんどありませんでした。拍子抜けするくらい普通に過ごせて、「これなら大丈夫かな」と思いました。
聞き手
安心された反面、不安もありましたか?
Hさん
そうなんです。副作用がほとんどなかったので、「本当に効いているのかな」と逆に思ってしまったんです。
聞き手
治療の結果はいかがでしたか?
Hさん
IgMは少し下がりましたが、期待していたほど蛋白尿は改善しませんでした。その後の骨髄検査でも病変は残っていて、「大きく良くもならないけれど、大きく悪くもならない」という状態でした。
聞き手
現在も定期的に通院を続けておられるんですか?
Hさん
はい。最初は3か月ごとでしたが、今は4か月ごとの通院です。PET-CTも定期的に受けながら経過をみています。
聞き手
振り返ってみて、一番つらかったことは何でしょうか?
Hさん
実は、治療そのものではありませんでした。一番大きかったのは、「答えがない」ということです。例えば、「いつ治療が必要になるのか」「腎臓はこれからどうなるのか」「あと何年この状態でいられるのか」。先生にお聞きしても、「まだ分かりません」という答えになることが多かったんです。もちろん先生が答えを隠しているわけではなく、医学的にもまだ分からないことが多い病気なんですよね。
聞き手
その現実をどう受け止められたのでしょうか?
Hさん
最初は何とか答えを探そうとしていました。でも、調べても調べても出てこない。その時に、「答えがない病気なんだ」と受け入れるしかないと思いました。分からない未来を心配し続けるより、「今分かっていること」で判断していこう。その方が自分らしく過ごせると思えるようになりました。

病気になって初めて、人の気持ちが分かるようになりました

聞き手
病気を経験したことで、ご自身の考え方に変化はありましたか?
Hさん
ありましたね。私はずっと健康には自信がありましたし、親戚もみんな長生きなので、「自分も当然長生きするものだ」とどこかで思っていたんです。でも、それが当たり前ではないと初めて気付きました。
聞き手
そのことは今の生活にも影響していますか?
Hさん
そう思います。もちろん、半年先、一年先の予定を立てる時には、「その頃どうなっているだろう」と考えることもあります。でも、その一方で、「今できることは今やろう」という気持ちも以前より強くなりました。将来を心配するだけではなく、今を大切にするようになった気がします。
聞き手
病気になったからこそ得られたものもあったのでしょうか?
Hさん
一番大きいのは、人の気持ちを想像できるようになったことです。それまで私は健康だったので、病気を抱えながら生活する方の不安や苦労を、本当の意味では理解できていなかったと思います。患者になって初めて、身体だけではなく心も大きく影響を受けることを知りました。
聞き手
医療者への見方はかわりましたか?
Hさん
はい。病院に通う機会がほとんどなかったので、先生や看護師さんが、これほど多くの患者さんを支えながら働いていることを知りませんでした。患者として接していただく中で、医療者の皆さんへの尊敬の気持ちは本当に大きくなりました。
聞き手
今後については、どのように考えていらっしゃいますか?
Hさん
もちろん、次の治療が必要になる日が来るかもしれません。でも、血液がんの治療はこの20年でも大きく進歩しています。新しい薬も次々に開発されていますし、「その時には今より良い治療が受けられるかもしれない」という希望を持っています。だから必要以上に悲観することなく、これからも定期的に診察を受けながら、自分らしい生活を続けていきたいですね。
聞き手
最後に、これから辺縁帯リンパ腫と診断される方へメッセージをお願いします。
Hさん
この病気は患者さんが少なく、情報も決して多くありません。だからこそ、不安になるのは当然です。でも、一人で抱え込まず、主治医とよく話し、自分でも納得できるまで情報を集めてほしいと思います。そして、答えが見つからないことがあっても、それは決して自分だけではありません。医学でもまだ分からないことがある病気だからこそ、「今分かっていること」を大切にしながら、自分に合った選択を積み重ねていくことが大切なのだと思います。私自身も、これから先どうなるかは分かりません。それでも、今を大切に、自分らしく暮らしていきたいと思っています。
BeOne

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